いけ好かない奴

 職場で朝の始業前の事であった。俺は仲のいい同僚とあるスポーツの話をしていた。そこに奴が出勤してきた。奴は俺達の話をちょっと聞くや否やいきなり話に割り込んできたのである。その割り込み方が実に気にくわない。奴は、「それは違うな。」と俺達の会話を引き裂くように言い放ち、尋ねもしないのに自分の意見を主張し始めたのである。せっかく二人で気持ちよく話していたのに突然の横やりで、俺は胸糞が悪くなったので同僚には悪かったが話すのを止めた。しかし、奴は何食わぬ顔で自分の浅薄な考えを延々と同僚に話しているのである。あまりにもくどくどと御託を並べるので俺はついに、「本当にそれをやったことがあるのか。それじゃここで実際にやって見せてくれ。」と言ったところ、今は出来ないと逃げの姿勢に入ったのである。このタイプに見られる典型的なパターンである。自分の化けの皮が剝がれそうになると、途端に逃げの体制に入るのである。俺は徹底的にたたみ込んでやろうかと思ったが始業時間が来てしまったので出来なかった。本当にいけ好かない奴である。  

 小学生の頃、こんな奴がいた。奴は東京からの転校生で、父親は何処かの省庁のお偉いさんだったと思う。奴は学校での成績が良いというわけでもなく運動が出来るというわけでもなかったが、父親の職業を鼻に掛けて色々と威張り散らし、自分は凄いと自慢するのである。正にいけ好かない奴の典型で、俺は奴が大嫌いであった。

 ある日、郊外授業で海に行った時の事である。俺は小学生の頃、ある離島に住んでいたので小学校も海に近かった。当然、そこにいる小学生達は海に囲まれた自然の中で育っているので、泳ぎは皆上手かった。郊外授業の内容は泳ぎに関するものではなかったが、夏休みも近く暑かったので、先生は、「よし、今日は暑いので男子は泳いでもいいぞ。」と言ったのである。男子達は皆大喜びで裸になり防波堤から次々に海に飛び込んでいった。今では考えられない事であるが、当時はそれが普通であった。俺達は沖(沖といっても防波堤から百メーター位の距離である)のブイまで競争したのだが、そこには東京から転校してきた奴の姿はなかった。奴は俺達によく、「俺は五十メートルを〇〇秒で泳げる。凄いだろう。」と言っていたので、てっきり一緒に泳いできたと思ったが、奴は防波堤の上で女子達に紛れて隠れるように立っていた。俺達は早く海に飛び込めと促したのであるが、全く飛び込もうとしない。何人かが防波堤に戻り奴を海に突き落とそうとした時、先生が慌ててそれを制止した。奴は恐怖のあまり大声で泣きじゃくり、その声は沖にいる俺達にも聞こえた。もうお分かりだと思うが、奴は金槌であったという落ちである。しかし、話はここで終わらない。この後、奴にとっては地獄のような日々が始まったのである。何故ならば、当然の如く俺達に相当いじめられたからである。そうして、俺達にいじめられてぼろぼろになった奴は、また東京に戻って行った。

 いけ好かない奴は大抵が偉そうにしている。しかし、そんな奴の化けの皮が剝がされた時は、本当に惨めである。俺は、今までこんな奴を結構見てきた。東京から来た奴は、俺が見たいけ好かない奴の最初であったが、その化けの皮が剥がされた時の惨めさとその後の地獄のような日々は、俺の心に強烈な印象となって焼き付いたのである。その時俺は、こんな奴には絶対になりたくないと思ったし、こんな惨めな思いは絶対にしないようにしようと心に誓ったのでる。ある意味、奴は俺の人生において、生きて行く行動の指針を一つ与えてくれた恩人なのかもしれない。